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映画館の運営、イベント企画・プロデュース

都道府県京都府 年代40代 業種イベント
 株式会社如月社
[ 代表取締役社長 ]
神谷 雅子 さん

京都を代表するアートシアターが14年を経て閉館。そこに勤めていた神谷雅子さんは、京都の映画文化の灯を絶やしたくないと、アートシアターとしては異例の3スクリーンある劇場「京都シネマ」を開業。大学と連携した新しいアプローチも始めています。

起業したとき

仕事の経験
結婚
子ども
生かした していた いた

プロフィール

大学卒業後、週刊新聞の記者として、京都ならではの伝統芸能や文化を積極的に取材・紹介。1988年、アートシアター「京都朝日シネマ」の立ち上げに参画。以来、2003年1月に閉館するまでの14年間、映画館に勤務し、運営に携わる。閉館を機に、現在運営する映画館「京都シネマ」の立ち上げ準備を開始、2003年3月に有限会社を設立。12月に株式会社如月社として組織変更。2004年、アートシアター「京都シネマ」を開業した。

起業年表

年齢 西暦 主な活動
23歳
1980年
立命館大学を卒業。株式会社京都民報社に勤務。週刊新聞の記者として芸能や文化を紹介 
30歳 1987年 株式会社シネマ・ワークに転職 
31歳 1988年 アートシアター「京都朝日シネマ」の立ち上げに参画 
33歳 1990年 支配人に就任し、映画館を運営 
46歳 2003年 1月に「京都朝日シネマ」が閉館したのを受け、3月、有限会社如月社を設立。12月、株式会社如月社に組織変更 
47歳 2004年 立命館大学産業社会学部の講師となり、映画産業論等を担当。アートシアター「京都シネマ」を商業施設「COCON烏丸」内に開業 
51歳 2008年 立命館大学産業社会学部の教授に就任。「京都シネマ」内にて、フェアトレード商品の販売を開始 

起業ストーリー

日本映画発祥の地から映画の文化と感動を発信

時に作家性が強く、時に芸術性の高い良質な映画をセレクトして上映するアートシアター。全国一斉のロードショーを上映するシネマコンプレックス(シネコン)とはまた違った魅力ある映画館は、札幌、山形、高崎、名古屋、大阪、広島、岡山、大分など、それぞれ地域に根ざして活動しています。しかし、DVDレンタルなどによる映画館離れによる経営難や、シネコンの進出などから、映画ファンに惜しまれつつも、少しずつ減少しているのも事実です。神谷雅子さんが14年間にわたり支配人を務めた「京都朝日シネマ」も、まさに地域に愛されるアートシアターでしたが、黒字にもかかわらず、オーナー会社のシネコン展開路線への方針変更により閉館が決定されました。

「どうにか形を変えてでも残すことができないだろうかと、奔走しているうちに、有志の皆さんによる署名活動が始まりました。映画関係者、映画ファン、京都朝日シネマの会員の皆さん、地域の方々……。結局、全国から7000人を超える著名が集まりました」。しかし、7000人の声を持ってしても、企業を動かすことはできませんでした。「京都は日本映画発祥の地です。現在はふたつの撮影所が稼働しているだけですが、私が週刊新聞の記者をしていた1980年代は、まだ活気がありました。京都の映画産業に活気のあった時代の空気をかろうじて肌で感じることができたことは、幸いだったと思っています。映画館がなくなることは、京都の、ひいては日本の映画文化の衰退にもつながる、と」。そこで、神谷さんは、企業を動かすことができないならば、自分が動くことで、地域に根ざした新しいアートシアターを京都につくることを決断しました。

出資者20人、会員1300人の応援団に支えられた幕開け

映画館をつくるには、当然ながら場所が必要になります。神谷さんは3スクリーンあり、音響設備なども最新のシネコンに負けないクォリティの映画館を構想します。「3つのスクリーンがあれば、たとえば学生自主製作の映画を上映したり、映画祭などのイベントを開催する余裕も持てますから」。そうなると、否が応にも資金のハードルは高くなります。そこで、映画館開設準備会社として、まずは有限会社を設立。京都の街で映画館をしたいという想いと具体的な計画を様々な人にプレゼンテーションしていきます。その中で出会ったのが、新しく商業施設をつくる計画を行っていた企業で、京都市内にある旧丸紅ビルをリノベーション(再生)して新しい施設に生まれ変わらせるという構想を持っていました。新しい生活スタイルなどを提案するだけでなく、文化的な発信をしたいと考えていた企業側と、神谷さんの思惑が一致。ビルのオーナー会社との粘り強い交渉を経て入居が決定します。

資金を円滑に集めるために、株式会社に組織変更。友人、映画関係者の知人、映画配給会社や神谷さんが当時講師を勤めていた大学関係企業などに出資を依頼し、総勢20人(社)から5100万円の資金を集めました。それを元手に、複数の金融機関に融資を依頼。神谷さんの情熱と20人の出資者を集めた力などが後押しになり、1億5000万円の融資を確保し、合計2億100万円の資金で開業にこぎ着けました。「返済を考えると、気が遠くなってしまいますが、やるべきことをやるには必要な資金でした」。そして、開業前に、プレミアム会員を募集。「映画館の壁に大理石のボード設置してあるのですが、開業前にお金も、気持ちもいただいた特別な終身会員ということで、お名前を刻ませていただく、という趣旨で、会費は1万円。1300人が入会してくださいました」。1年半の準備をかけ、やっと「京都シネマ」の幕が開いた初日、神谷さんを包んだのは「映画館をつくってくれて、ありがとう」という多くの人々の感謝の言葉でした。

フェアトレード販売で「映画でも社会を変えられる」をメッセージ

これまで神谷さんは映画館の支配人ではありましたが、従業員を抱え、会社の社長という立場になり、“会社を経営する”を強く意識するようになったと言います。「できるだけランニングコストは抑えて、利益を上げる努力はしたい。でも、信頼する従業員たちに平均的な企業並みの待遇を整えたいし、株主にも配当を出せるようになりたい。会社としての社会的責任を果たしていくことと、会社は成長し続けなければいけない、という両方を考えるようになりました。中・長期的なビジョンを持って、事業計画を練っていく必要性をひしひしと感じています」。神谷さんは、若者の映画館離れが叫ばれて久しい中、学生の街、京都で運営を続けるには、使命としても若い観客を育てていかなければいけないと考えます。そこで、映画館の社会的なポジションを娯楽施設としてだけでなく、教育施設としても認知され、活用されるよう、現在教授を務める大学と連携。映画を教養や学問の視点でとらえて考えられるイベント開催などを始めています。

また、事業を通した社会貢献も踏まえ、買い物で社会貢献ができるフェアトレード商品を映画館のホワイエ(ロビー)にコーナーを設けて販売を開始。観客の関心度も高く好評を得ています。「フェアトレードの理念をお客さまに伝えることは、実は、映画でも社会を変えられるのでは、というメッセージも込めています」。京都シネマがオープン時に上映した映画のひとつは、是枝裕和監督『誰も知らない』。巣鴨子ども置き去り事件(*1)を主題に「家族」をテーマに描き、社会にインパクトを与え、家族を考える機会を提供した作品です。「映画は日本だけでなく、世界の様々な表情を伝えてくれる文化でありメディアでもあり、奥が深いものです。映画館は、その映画を見ていただくための最高の設備を整えている場所。映画館に足を踏み入れた時から映画は始まるのです。だからこそ、映画館で映画を見てほしい。将来的には若手監督の育成システムをつくり、京都発で全国へ広がるインディペンデント映画(自主映画)の流通もつくりたい。たとえば小学校の総合学習の時間と映画をリンクさせて、子どもの頃から映画の楽しさやリテラシー教育(*2)ができないか、など様々な映画館の活用方法も提案していきたいです」。日本映画発祥の地であり、学生の街である京都から、映画文化を発信し続ける映画館でありたいと、神谷さんは楽しそうに銀幕の夢を語ってくれました。

*1 巣鴨子ども置き去り事件…1988年に起きた保護責任者遺棄事件。父親が蒸発後、母親も4人の子どもを置いて家出。長男が兄弟の面倒を見ていた。しかし、マンションを管理する大家が不良のたまり場になっていると警察に通報したことで、衰弱した3人の子どもと白骨化した乳児の遺体を発見。社会問題になった。
*2 リテラシー教育…リテラシーとは「識字力=文字を読み書きする能力」を表す言葉。「メディアリテラシー」、「情報リテラシー」など、情報の特性を理解し、情報収集や分析、判断、評価、発信などができる能力を養うこと。

会社概要

会社(団体)名 株式会社如月社
URL http://www.kisaragisha.co.jp/
創業 2003年3月3日
設立 2003年3月3日
業務内容 映画館の運営、イベント企画・プロデュース

(神谷 雅子さんの場合)

起業のきっかけ、動機

支配人を勤めていた映画館「京都朝日シネマ」が閉館になったことです。日本映画発祥の地である京都の映画文化の灯を絶やしてはいけない、という想いもありました。閉館を惜しむファン7000名以上から続投を望む署名が届いたことも背中を押されました。

起業までに準備したこと

いわゆる「ヒト、モノ、カネ」です。映画館をつくれる場所探しと、資金的な支援をしてくれる協力者探し、そして、スタッフの確保。これに奔走しました。

起業時に一番苦労したこと

場所探しと、資金確保、スタッフの確保のすべてです。映画館は3スクリーンほしかったですし、劇場としてのクォリティの高さや椅子、内装、音響設備には、こだわりました。また、ホスピタリティーのある接客ができる映画館にもしたかった。そうすると、どうしても場所も、資金も、人材も必要になります。幸い場所は、旧丸紅ビルをリノベーション(再生)し商業施設「COCON烏丸」ができる情報が入ってきて、ビル側も映画館を入れたいという構想がありましたし、私のコンセプトとも一致。このビルに入居が決まったことが、出資者や借り入れをした金融機関への説得材料になりました。また、内装の構想を練る中で、3スクリーンあっても映画館の中であるホワイエ(ロビー)をシネコンのようにオープンにすることで比較的少ないスタッフで対応できるように設計してもらいました。資金をかけるところ、抑えるところのメリハリも踏まえていきました。

だからうまく起業できた!…その一番の理由

映画館をつくる準備をしているタイミングで、現在、京都シネマが入居する商業施設「COCON烏丸」立ち上げ構想の情報が入ってきたこと。しかし、それ以前に「映画館を京都の街につくりたいんだ」という強い意志と熱意を持ち続け、その計画を具体的に言葉や文章などで対外的に発信し続けていったことが、私が起業できた理由だと思います。その結果、入居先のビルの情報や協力者などの確保につながりました。

起業時の環境(友人や家族の協力他)

家族の理解がなかったら進められなかったことですし、出資者には友人も多数いますから、友人の助けも大きかった。また、これまでのつながりがあった映画配給会社や映画関係の友人たちなど多くの方の協力がなかったら、なし遂げられなかったと思います。

最初のお客さんと営業方法

映画館のオープン日に来てくれた来場者が最初のお客さまではありますが、営業方法として、オープン前にボードに名前を記して映画館に飾られる会費1万円のプレミアム会員を募り、結果1300人集まったので、その方々も最初のお客さまといえます。映画館は特殊な業態でもあるので、「京都朝日シネマ」の実績をベースに、きとんとした器をつくって、ポリシーを持った番組編成を行えば、必ず観客は来てくれると確信していました。オープンの日、「映画館をつくってくれてありがとう」と言われましたが、人に感謝されて開業できる、ということは本当に嬉しいことでしたし、逆に維持し続け、一歩ずつ進化し続けなければならない、大きな責任も感じました。

起業の際の重要ポイント

どうしても3スクリーンある映画館をつくりたかったのですが、普通に考えたら、その分、人材を多数確保する必要があります。しかし、シネコンの良いところを見習い、オープン型のホワイエを設計したことで、1スクリーン2スクリーンでも変わらないスタッフ人数で運営ができるようにしました。、ランニングコストを抑え、2スクリーンの時より集客力はアップしていますから、売上げ増につながっています。その一方で、この規模の映画館としては珍しいと思うのですが、映写技師を常駐社員として2名採用しています。アルバイトスタッフにも社会保険を適用するなど、人材の質の高さを求め、映画館の基本である良い条件で気持ちよく鑑賞していただくことを実現できたことです。

役に立った情報源や相談先

京都朝日シネマ時代からずっとお世話になっている配給会社や興行会社の友人たちです。また、客観的な視点で意見を言ってくれた夫も大切な相談相手でした。

開業資金

自己資金と友人や配給会社などの映画関係者、大学関連企業など、総勢20人(社)からの出資で5100万円つくって株式会社化しました。それを元手に地方銀行と商工中金、信用金庫から合わせて1億5000万円を借り入れて、合計2億100万円で開業しました。

活動拠点(事務所・店など)

「COCON烏丸」内にある「京都シネマ」が営業する映画館であり、会社の本店所在地でもあります。

起業時の管理体制の整備(税理士、弁護士、弁理士など)

税理士と社会保険労務士は開業時に契約。就業規則もしっかりしたものを作成しました。その後、弁護士とも顧問契約を結んでいます。

起業後の転機

まさに、今が転機といえるかもしれません。4年間映画館を運営してきましたが、プレミアム会員と合わせて通常の会員の方も募集しているのですが、8000人を越えました。やっと京都の街に存在を認めていただけたと思っています。そうした時期(2008年)に、立命館大学産業社会学部の講師(2004年)から教授になり、その大学と連携して、教養や学問として映画をとらえたイベントを行うことになりました。映画は大衆娯楽として感性に訴えかけるものでもありますが、知的な刺激を受けるものでもありますから、研究者がそれぞれの研究領域の中で、映画を見た時に、どうとらえるのか。そんな関心もありますし、京都は学生の街なので、学生の街だからこその映画文化の発信をしたいと考えた試みを始めています。

起業して自分が成長したと感じたこと

起業前は支配人として映画館の運営はしていましたが、会社経営とは何かなど考えたこともありませんでした。今は、当然ですが会社を経営するとはどういうことなのかを常に考えています。会社としての社会的責任を果たすと共に、会社は成長し続けなければならない、ということ。そのふたつはいつも頭の中にあります。

起業を志す人への一言アドバイス

私は「映画館を京都の街につくる」という強い意志と熱意を持ち続けて、具体的に新聞に文章を寄稿したり、ニューズレターをつくったり、発信し続けたことが、起業につながっています。なぜ、その事業に取り組もうと考えたのか。その原点を決して忘れないこと。これが自分を支えるモチベーションにもなりますし、人を動かす原動力にもなります。

気分転換のしかた

子どもと一緒に遊ぶこと。ぶらっと、映画を見に行ったり、美術館に行くこと。あとは、本を読むことです。

その他伝えたいことなど

事業を通して社会に貢献することもはとても重要です。会社が社会や地域にとって意味のある仕事をしている、という意識を社員と共有できていれば、仕事への意欲もより高まり、よい仕事ができます。そのことで、さらに社会的な貢献度も高まることにつながります。例えば、上映作品とは直接関係なく、フェアトレード商品を販売しています。京都シネマのお客さまであれば、こうした商品に関心を持ってもらえると考えたことですが、おかげさまで好評です。起業とは、新しい事業を興すことですが、社会との関わりがより強くなることでもあると思います。その仕事で、社会や地域に対してどんな貢献ができるのかは考えていただきたいと思います。


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