漁業が盛んな大分県の鶴見で活動する桑原政子さんは、まき網漁家の妻。地域の活性化と漁村女性の継続的な雇用の場を創出するため、仲間らで団結。地元の新鮮や魚を販売したり、郷土料理「ごまだし」を製造し、販売しています。
仕事の経験 |
結婚 | 子ども |
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生かした | していた | いた |
高校卒業後、岡山県内で就職するが、地元、大分県の鶴見が忘れられず、Uターン。水産会社の経営者と結婚し、1999年には長男が独立。夫や息子の事業を手伝う中で、漁村を盛り上げたいと、同じ網漁家の妻である仲間と一緒に、2004年、漁村女性グループめばるを設立。2008年には、商品の「ごまだし」を使った桑原さん考案の料理が、「2008年アイデア料理」の最優秀賞に選ばれる。
年齢 | 西暦 | 主な活動 |
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21歳 | 1969年 |
結婚し、まき網漁家に嫁ぐ |
51歳 | 1999年 | 長男が水産会社を設立。監査役になる |
56歳 | 2004年 | 漁村女性グループめばるを設立。「中核的漁業者協業体支援事業」(*1)を受け、活魚販売開始 |
57歳 | 2005年 | 「合併地域活力創造特別対策事業」(*2)を受け、「ごまだし」製造・販売開始 |
59歳 | 2007年 | 「佐伯ごまだしうどん」が、農林水産省「農山漁村の郷土料理百選」として選定される |
60歳 | 2008年 | 商品の加工所を建設。企業主催の「2008年アイデア料理」で、「ごまだし」を使った桑原さん考案料理が最優秀賞を獲得 |
ウルメイワシ、マサバ、ゴマサバ、アジ……。豊後水道最南端で水揚げされたばかりの大量の魚たちが、大分県佐伯市鶴見の港に到着します。威勢のいい漁師たちの声に混じって、ひときわ光るのが、桑原政子さん率いる漁村女性グループめばるの女性メンバーたちの声。入港の知らせを聞くやいなや港に向かい、新鮮な魚をトラックに積んで朝市へと走ります。「最初は活魚を一般の人に売ろうにも、どこでどう売ればいいのか、わからなかったんですよね」。そう桑原さんは笑います。鶴見は大分県内最大の漁獲量を誇る漁港です。しかし、近年は漁獲量が減少し、魚食の低迷から魚価も低下。漁業関係者は厳しい経営を強いられています。
「それに、ゴマサバは鮮度の落ちが早く、斑点模様が敬遠されがち。40�で1000円以下の低い値段が付けられることもあり、養殖飼料になっているんです。だから、鮮魚として流通していない。獲れたての新鮮なゴマサバは本当においしいんですけど……」。そこで、桑原さんはまき網漁家を夫に持つ女性たちによって商品を付加価値化させることで、漁村の活性化や女性の雇用創出などにつながらないかと考え始めます。その頃、大分県内の漁業や観光業、農業にかかわる女性が集まった「一村一品 女にまかせる100人の会」という会に参加。そこで出会った農村女性グループに触発されます。「若い人からご年配の女性まで、いきいきと働いている様子が素敵だなって。私も彼女たちのようにがんばって鶴見を盛り上げていきたい。そう思いました」。また、魚は一番身近な生物。命をいただくことで、我々人間が生きられている命の大切さや魚食文化を、活動を通して子どもたちに伝承していくことが、漁村で暮らす大人の責務ではないかとも、桑原さんは感じていたのです。
ところが、活発な活動をする農村女性グループは様々な地域にあるものの、漁村グループはほとんどありませんでした。「自分と同じ、まき網漁家の妻たちに声をかけて、活魚を売ろうということになったのですが、手本になる先輩の漁村女性グループがないので、どう始めたらいいのか手さぐり状態でした」。県の水産課に相談したところ、水産業の活性化につながるということで、補助金を得ることができました。活魚を配送するトラックを購入し、朝市などで早朝獲れたての活魚や鮮魚の出張販売をスタート。桑原さんを支えてくれたのは、グループの仲間や自治体だけではありません。水産会社を経営する夫や息子はもちろん、地元漁師たちは地元のためになるなら、と様々な新鮮な魚を提供してくれました。
しかし、自然相手の生きものを扱うだけに、天候や漁獲量にどうしても左右されてしまいます。新鮮な魚をコンスタントに供給することは困難でした。そこで考えたのが、保存することができる、加工品の製造・販売です。「かりんとうなど、失敗作もあった中で、これだと思ったのが、佐伯市の郷土料理『ごまだし』です。エソやアジに、しょうゆと胡麻を混ぜてすり潰してつくったもので、このあたりでは古くから、うどんに入れるなどして食べているものですが、ほかの地方ではほとんど知られていませんでした。また、水揚げ直後の鮮度抜群の魚を使うことで味が断然違いますから、差別化できると考えました」。そしてこれがうまくいったのです。朝市などでの販売のほか、デパートや地元特産物を扱うネットショップへの卸しへと広がっていきました。2007年には、農林水産省が、全国の郷土料理のうち、農山漁村で受け継がれて「食べたい・食べさせたい・ふるさとの味」として選ぶ「農山漁村の郷土料理百選」に選定されました。桑原さんたちの活動も忙しくなり、2008年には加工所も開設しました。
最近では、「佐伯ごまだしの会」も創設され、市を挙げて「ごまだし」を盛り上げる機運も高まってきたことで、桑原さんはさらに「ごまだし」の世界を広げていきたいと、オリジナルレシピも考案しました。「大分特産の小ネギと白ネギに『ごまだし』を使った生春巻きです。これを企業が主催する『2008年アイデア料理』に応募したところ、最優秀賞に選ばれたのです」。創作意欲の高い桑原さんは、豊後水道でも水揚げされるシイラを使った「ごまだし」も開発中です。シイラはあまり知られていませんが、実は、日本では練り製品の原料としてポピュラーな魚。ハワイでは「マヒマヒ」と呼ばれる高級魚です。「試作品を何度もつくり、販売のプロである商品バイヤーに試食してもらって研究しています。私たちはどうしても漁師の視点で見てしまいがち。でもそれでは消費者に押しつけることになってしまうので、消費者のニーズをよくわかっているバイヤーの意見は貴重です」。
事業としての継続と発展を求める一方で、魚食文化を絶やさないために、子どもたちへの啓蒙活動もしていきたいという桑原さん。「魚を三枚におろす技術があれば、料理の応用が効きます。自分で料理をすることも覚えてほしいのです。それに、魚の頭を落とすと、当然ながら血が出ます。骨も見えます。最近の子どもたちは、それを見て『気持ち悪い』なんて言いますけど、人間の体にも同じように、血が流れ、骨がある。命の尊さを体で覚えるには、魚はかっこうの身近な食材です。命を知って、同時に魚のおいしさも知ってもらいたいのです」。グループ名に付けた「めばる」は春を告げる魚。鶴見に春をもたらす、そんな意味から付けたのではと聞いてみると……。「めばるは、目は大きいし、胸は大きいし、ウエストはキュッと締まっているでしょ? まるで、私らみたいやなーって」と大笑い。優しさと豪快さにあふれた鶴見の母、それが桑原さんなのです。
*1 中核的漁業者協業体支援事業…青年漁業者が中心となって漁業経営改善のための意欲的な取組みを行う漁業者や漁村女性起業化グループなどが、経営改善などを行うための技術・設備導入や、水産物の加工・販売などの経済的活動の取組みでかかる経費の一部を補助するもの。
*2 合併地域活力創造特別対策事業…地域合併に伴い、地域活動への支援や農林水産業等産業の振興、伝統文化の継承、新市が行う旧町村部の活性化など、旧町村部の地域活性化や旧町村部に住む人の雇用機会の拡大、所得の向上などにつながる、持続(自立)可能な取り組みに対し、それにかかる経費の一部を補助するもの。
会社(団体)名 | 漁村女性グループ めばる |
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URL | なし |
創業 | 2004年2月 |
設立 | 2004年2月 |
業務内容 | 活魚・鮮魚や水産加工品の製造・販売 |
活動の本拠地である佐伯市鶴見は漁船漁業が盛んな地域で、まき網・定置網・船引き網・底引き網・一本釣りなど様々な漁業が営まれ、地域の基幹産業であるまき網漁業を中心に大分県内最大の水揚げ量があります。しかし、各漁業とも近年は漁獲量の減少と魚価の低迷により厳しい経営を強いられていることから、漁獲物の付加価値化が必要だと考えました。鮮魚流通しないまき網のゴマサバなどの魚は、養殖飼料として活用するため、安価取引されていたので、これを加工品にして付加価値を付けて、売れないだろうかと思いました。漁家所得の向上や地域の活性化、雇用の機会の少ない漁村女性に継続的な雇用の場を提供したいという思いで、活動を始めました。
メンバーは主婦ばかりで、販売などの経験がないため、地元の朝市で販売の練習をしました。また、活魚や鮮魚を運ぶために必要なトラックは自治体に相談し、補助金を得ることができました。
活魚の販売を行っている漁村女性グループは、他の都道府県でも見本となる取り組みがなかったことです。また、最初のうちはどういったところに販売に行けばよいのかもわかりませんでした。自然の生きものを扱っているので、要領がわからず販売先に到着するまでに、活魚を死なせてしまったこともありました。
一言で言えば、素晴らしい仲間がそろっていたということです。家業がまき網漁をしているため、鮮度抜群の魚が手に入ること。同じ思いを持つ女性たちがメンバーとして仲間に入ってくれたこと。行政が地域を盛り上げるためなら、と事業をするための相談に細かく乗ってくれて連携できたこと。その3つは大きいです。私たちの魚を待っていてくださるお客さまへの責任感も、売り上げが少ない時でも活動を続けるためのモチベーションになりました。
水産会社を経営する夫や息子はもちろん、まき網漁をする乗組員などは余った魚を分けてくれたり、地域の人々は非常に協力的です。また、同じ大分県・緒方で活動する農村グループと協力して、月2回、私たちは緒方へ、緒方のグループは鶴見へと、販売場所を変える交流をしています。
地元で開催されていた朝市に参加し、家族が漁獲した新鮮な魚を直売。その時に買っていただいた方が最初のお客さまです。
得意な分野を、楽しんで、様々な人とのネットワークを生かして活動することです。地元の活性化を考えることも大事だと思います。
大分県の水産課の職員とは密に連絡を取り合い、相談に乗ってもらいました。また、商品の「ごまだし」はデパートにも卸しているのですが、そこのバイヤーなど販売のプロにも売れる商品づくりを教えてもらいました。私は販売よりも製造のほうが得意ですし、漁師のこだわりなどつくる側の視点で物を見がちです。それでひとりよがりになってはいけませんから、やはり販売のプロの視点で「商品」としての価値を考えたアドバイスは本当に参考になります。
300万円です。全額、国民生活金融公庫から借り入れましたが、そのうちの半分は、国から補助金をもらっています。
大分県佐伯市鶴見が活動拠点で、事務所は自宅で、商品の加工所も別にあります。各地の朝市での販売や大分県内のデパート、大分の郷土料理などを販売するネットショップなどへの卸しも行っています。
補助金の相談や支援事業に申請した時などは、商工会の指導員にお願いしました。そのほかは、特に依頼していません。できる限り自分たちで解決しています。
「ごまだし」の製造・販売を始めた時でしょうか。起業当初は活魚や鮮魚の販売を主に行っていましたが、どうしても自然のものを扱うため、天候などにも左右され、アジやサバの水揚量が減少したりと販売が不安定になりました。そこで、大分では郷土料理ですが、ほかの地方では知られていなかった「ごまだし」に着目し、製造を開始。農林水産省「農山漁村の郷土料理百選」に「佐伯ごまだしうどん」が選定されたことや、企業が主催する「2008年アイデア料理」でごまだしを使ったレシピが最優秀賞に選ばれたことで、人気を呼び、加工品中心の製造・販売にシフトしてきました。
人との付き合いが、以前よりも上達したこと、お客さまを相手に話すのがうまくなったこと、失敗をチャンスに変えることが上手になったこと、でしょうか。振り返ってみて成長を感じるのは、この3つの気がします。
地の利や自分の得意なことを生かしたビジネスを考えることが、とても大切だと思います。そして、人のネットワークも。ネットワークをつくるのは信用第一です。コツコツとまめに人に会うことです。よく言われることですが、信用を失うのは一瞬。回復にはその10倍以上のエネルギーがいりますから、どうぞ人との関係は大事にしてください。
私が暮らし、仕事をする、ここ大分県・鶴見は、自然が豊かで、本当に素敵なところです。でも、ひとつだけ足りないのが、上質な芸術・文化。これは都会に行かないとなかなか出合えないので、時にはお金と時間を使って博多や東京の劇場に出向き、ミュージカルや歌舞伎などを楽しんでいます。そういう気分転換がまた、仕事にも生きてくるんです。
失敗はチャンスと考えることです。一度、私はデパートに商品を卸す際に、瓶のフタの締め方が甘かったらしく、中身がこぼれた状態で納品してしまったことがありました。そのクレームを聞いて、すぐ私はデパートへ飛んで行き、直接担当者に謝りました。その時にバイヤーの方と知り合いになり、商品をどう売ったらいいのか、たくさんの素晴らしいアドバイスをいただき、そのデパートのお中元セットとして販売してもらえるようになりました。ピンチはチャンスです! 失敗しても、失敗のまま終わらせないようにすること。それが、事業の継続につながります。