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旅館経営をベースに地域を活性化

都道府県島根県 年代20代 業種旅行
 温泉津温泉・旅館吉田屋
[ 女将 ]
山根 多恵 さん

過疎化と高齢化に悩む街で、高齢者の雇用支援をしていた山根多恵さんは、後継者を探していた老舗旅館「吉田屋」と出会い、若干24歳で4代目女将に就任。若者たちを呼び込み、地域の活性化に挑戦しています。

起業したとき

仕事の経験
結婚
子ども
生かした していなかった いなかった

プロフィール

山口県出身。WWBジャパンのインターンシップを経て、大阪にてコミュニティビジネスのインキュベーションセンターの責任者に就任。島根県大田市で、商工会を通じて後継者を探している老舗旅館「吉田屋」を知り、4代目女将に就任。過疎化・高齢化地域のビジネスと雇用を模索中。

起業年表

年齢 西暦 主な活動
22歳
2003年
大学3年生のときにWWBジャパンに出会い、卒業後、大阪にてコミュニティビジネスのインキュベーションセンターの責任者に就任 
24歳 2005年 島根県大田市で、老舗旅館「吉田屋」と出会い、同旅館の女将になることを決断 
25歳 2006年 「吉田屋」の4代目女将に就任 

起業ストーリー

血縁のない旅館の後継者に

「大学時代はモラトリアムの賜物でした」と語る山根多恵さんが、その2年後には、まったく血縁関係のない老舗旅館の若女将に!
しかも、全国でも過疎化率の高い島根県でと聞けば、なぜ?と聞きたくなります。
「大学2年ときに、1年間カナダに留学して帰って来たら、同級生たちが卒業後の進路を夢もなく語る姿を見て“面白くない!”と思ってしまって…。でも自分も何をしたらいいかわからない。そんなときに、うちの大学で教鞭をとっていらした片岡勝先生から女性の起業を支援しているWWBジャパン(*)を紹介されて、ここだ!と思って飛び込んだのが、そもそものきっかけなんです」
WWBジャパンでは持ち前のリーダーシップ力を発揮し、大阪で、コミュニティビジネス専門の支援センターを任せられます。そんな折り、もっと困っている場所で起業してみないかと促されて、2005年に島根県の大田市に移住。高齢者の雇用促進をサポートしているうちに、温泉津町商工会から、老舗旅館2〜3軒ほどが辞めようとしているという話を耳にします。
「2〜3年前から後継者を探していた吉田屋さんのご夫婦にお会いしたんです。70歳を超えるご夫婦が二人で経営していらして、そろそろ引退したいとおっしゃるので、じゃあ私が…と」
ほとんど、即決で女将への道を決めてしまったのが、この年の11月のことでした。

法人化して、ようやく腹をくくった

翌年1月から、女将さんの下について旅館業を学ぶ日々。しかし、山根さんの視線はこのときすでに、旅館業の先を見ていました。
「大阪の支援センターに関わっていた友人たちが、手伝いたい!と言ってくれて、若者が県外に流失していく一方の町に、都会から6人も移住してしまった」
そして、まず整えたのがインターネットのインフラでした。
「うちは、全館無線LANです。来ていただくお客様のためにというのもありますし、私たちの仕事にとっても必要不可欠。情報の受信だけでなく、田舎だからこそ、どんどん発信していかなくては」
営業しながら業務や書類上の引き継ぎを行い、2006年の7月には、周囲の援助で、県外にあった起業家が集まる会社の登記を当旅館に移す形で法人化。ようやく自分たちの体制になりました。
「正直言うと、私たちだけでは無理なんじゃないかって思っていたんです。でも、法人化して矢面に立ったからには、もう腹をくくりました」
経営者として24時間以上悩むことはしない山根さん。いっしょにやっていくスタッフにも常に決断を促します。
「旅館のために働くというよりは、まず、自分で仕事を面白くするのが大事。メンテナンス、料理、人材管理…と役割分担して各自が責任を持っている。それぞれが自立した起業家の気持ちなんです。だから、月1回、仕事の評価会議を行っていて、お互いを評価し合って給料を決めています」

自分たちで仕事を見つけて、面白くしていく

先代のお客様にももちろん開業の案内を出しましたが、以前のスタイルを踏襲するわけではないので、基本は新規の顧客開拓に挑戦しています。ユニークなのは、週末3日間のみを通常営業にして、週始めの4日間は、独自で行っている地域貢献ツアーに参加してくれるお客様のみに宿泊していただくシステム。
「私たちが行っているツアーのひとつに“竹伐採ご宿泊プラン”というのがあります。これは、この近くにある、世界遺産登録が見込まれている石見銀山遺跡を竹林の被害から救おうというもので、観光プラス、ちょっと地域貢献がしたい!という方のためのプランです」
このほかにも、地元のお年寄りたちを旅館に招いて行われる“元気体操”や介護陶器の開発、県内の遊休農地を活性化させる取り組みなど、地域のビジネスと雇用の場を生み出す試みがなされています。また、ある場所では不要だが、別の場所では必要という品物を循環させ、しかも輸送方法は、輸送トラックに目的地までの間で“ついでに”届けてもらうという、新しい運送システム「もったいない運送」も実現。
「当初ボランティアでやっていたものに、ビジネスとしての価値を見出せたことは大きかったですね。おかげさまで、売り上げは前年度比2.4倍です」
山根さんが目指すのは、ボランティアとビジネスの中間にあるもの。経済の二極化が進むと言われる昨今、この中間を埋めていくところに、女性の起業ならではの大きなヒントがあるのかもしれません。

*WWBジャパン…WWBは、Women's World Banking(女性のための世界銀行)として、1980年に、女性起業家に対する世界的支援のネットワーク形成を目指して、国連、世界銀行等のバックアップを受けて設立。その、第 39番目の支部として 1990年に日本にも設立され、以来、全国で起業家スクールを開催している。

会社概要

会社(団体)名 温泉津温泉・旅館吉田屋
URL http://www.lets.gr.jp/yoshidaya/
創業 2006年1月1日
業務内容 旅館業、地域支援

(山根 多恵さんの場合)

起業のきっかけ、動機

老舗旅館「吉田屋」さんが、後継者を探していることを聞き、お会いして決断しました。
旅館業をベースに、過疎化高齢化が進む地域で、何ができるか挑戦してみようと思いました。

起業までに準備したこと

「吉田屋」さんの前女将から、旅館業を一から学びました。いままでの人脈で、多くの方に声をかけて、これからやっていきたいことをアピールしました。

起業時に一番苦労したこと

苦労というよりは、失敗も含めて、一日一日が勉強だという気がしています。私たちのような若くて外から来た人間が一年くらいで地元に認めてもらえるなんて、おこがましいので。お金と信頼は後からついてくればいいです。

だからうまく起業できた!…その一番の理由

決断したことだと思います。それは、うちのスタッフに対しても求めて、どんなことについても、先延ばしにせず、その場その場で決断していけるように努力しています。

起業時の環境(友人や家族の協力他)

父と母は吉田屋の広報担当かのように、どんどん人を呼んでくれます。

最初のお客さんと営業方法

もともとこの旅館についていたお客様にも、もちろんご案内しましたが、前経営者が70歳を過ぎた年配の方だったので、新規のお客様の開拓が多かったです。ホームページを作って、インターネットで予約をできるようにしました。

起業の際の重要ポイント

少しでも迷いがあったら、なぜ迷うのかを考えることが大事です。迷って始めてしまうと、自分だけでなく、まわりが困ってしまいます。

役に立った情報源や相談先

WWBジャパンで学んだことと、人脈です。

開業資金

4000万円。もともとあった起業家集団の会社登記を当旅館に移す形で法人化しました。

活動拠点(事務所・店など)

吉田屋です。

起業時の管理体制の整備(税理士、弁護士、弁理士など)

旅館業を譲り受ける時には弁護士さんに相談しました。あとは特にいません。

起業後の転機

7月に法人化して自分が矢面に立つ立場になったときは、大きな転機でした。もう素人だからと言っている場合じゃないと腹を決めていました。

起業して自分が成長したと感じたこと

実は1月に女将になったときに、引き継ぎをしながら、これは自分たちだけでやるのは絶対に無理だと思いました。でも、やったらできてしまった。そこからは、すべて迷わずに決断できるようになりました。

起業を志す人への一言アドバイス

最初から大きな設備投資をするなどして、無理をしないことではないでしょうか。あとは、遊びのときでも、それをどれだけ仕事に還元できるか、常にアンテナをはっておくことです。

気分転換のしかた

寝ること、美味しいものを食べることです。でも、いまはリフレッシュの時間も、つい仕事に結びついてしまいます。

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