“足と靴”についてトータルに対応し、オーダーメイドのインソールを製造販売しているフットクリエイトの桜井寿美さん。自分の経験から必要と感じた事業ですが、夫との二人三脚があったからこその成功でした。
仕事の経験 |
結婚 | 子ども |
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生かさなかった | していた | いた |
短期大学卒業後、フィットネスクラブ運営会社に入社。営業に回る日々で足の痛みに悩まされるようになり、ドイツに足のトラブルを総合的にケアする職業があると知る。1996年、夫と共に“足と靴”に関わる有限会社フットクリエイト設立。1998年ドイツで生まれた新しいインソール製造機械を導入。健康生きがいづくりアドバイザー取得、高齢者運動実践指導員。フットケア学会会員。2007年春より大学に入学、更なる研究を始める。
年齢 | 西暦 | 主な活動 |
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20歳 | 1979年 |
短期大学卒業。フィットネスクラブ運営会社入社 |
26歳 | 1985年 | 結婚 |
28歳 | 1987年 | 第1子出産 |
32歳 | 1991年 | 第2子出産 |
36歳 | 1995年 | 京都府主催の起業家セミナーへ参加。フィットネスクラブ退職 |
37歳 | 1996年 | 有限会社フットクリエイト設立。夫とともに起業 |
38歳 | 1997年 | ドイツに視察、研修 |
39歳 | 1998年 | 店舗移転。ドイツペドキャド社より、インソール製造機械を輸入 |
41歳 | 2000年 | 中小企業経営革新支援法認定 |
43歳 | 2002年 | 健康生きがいづくりアドバイザー取得、高齢者運動実践指導員 |
45歳 | 2004年 | 大阪市(産業創造館)主催の「日本におけるメディカルフットケアの現状」セミナー企画、講演。その後、看護師主体の日本フットケア学会との繋がりができ、糖尿病患者のフットケアについての講演依頼が多くなる。日本フットケア学会入会 |
46歳 | 2005年 | 店舗移転。NHK教育テレビ「ビジネス未来人」出演 |
47歳 | 2006年 | 足と靴の分野についての研究の為、神戸大学発達科学部社会人入試枠に合格。2007年度より大学1年生 |
結婚・出産後も仕事を続けていた桜井寿美さん。しかし、ハイヒールを履いて営業に歩き回っていたこともあり、足に激痛が走るようになりました。外反母趾からくる足の痛みでしたが、病院に行っても治らず我慢の日々だったそうです。そんな中、何とかしようと情報を調べていたご主人が見つけた本に、ドイツには「整形外科靴マイスター」という職業があることが書かれていました。たまたま日本に来ている人がいることを知り、早速専用の靴の中敷(インソール)を作ってもらったところ、嘘のように痛みが消えた桜井さん。
「世の中にはもっとたくさんの困っている人がいるのではないか」と、夫婦で足と靴の仕事をしようと決心し、京都府主催の起業セミナーなどに参加しながら準備開始。2人ともそれまでの勤めは退職し、1996年有限会社フットクリエイト設立。2人一緒に退職したのには、“退路を断つ”という強い意志もあったといいます。
まずは小さな規模からと店舗を持ちましたが、しばらくは苦しい時期が続きました。その頃から各人の症状に合わせたインソールのカウンセリングをしていましたが、手作りのインソールには熟練した職人技が必要。1足ずつドイツのマイスターに発注して作っていたため、どうしても高額になってしまって普及しにくかったのです。
「苦境を脱するには自分達で作れるようにならないと」と勉強を始めたご主人。ちょうどその頃、ドイツにおいてコンピュータ制御でインソールを製造する画期的な機械ができたと情報が入りました。いてもたってもいられずドイツへ飛んだ桜井さん夫婦。実際に機械で作ったインソールを見、手作りになんら遜色ないと確認して帰国してからは、輸入するための資金集めに奔走開始。実績がないということで銀行の融資は断られましたが、京都府や市のベンチャー向け融資を受けることができました。大きな発展の糸口ができたのです。
インソール製造機械を輸入してからも、なかなか上手く動かなかったりとトラブルはありましたが、その都度夫婦2人で乗り切ってきました。1人1人の足に合わせてインソールを作るのはご主人、足に悩みのある人の相談に乗り、負担を軽くする為にフットケアをするのは桜井さん、という役割分担となっています。
2000年には中小企業経営革新支援法の認定を受け、その後もハイヒール用のインソールなどオリジナル開発と勉強を続けながら、メディカルフットケアの講演なども増加。顧客数は6000人を超えました。2007年春からは、足と靴の分野の研究をする為に大学に入学しなおしたという桜井さん。拡がりだけでなく深さを追及していく姿勢と、苦しい時期も夫婦で工夫して乗り切ってきた意志の強さで、成功を手に入れたのです。
会社(団体)名 | 有限会社フットクリエイト |
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URL | http://www.footcreate.com |
設立 | 1996年2月1日 |
業務内容 | 靴小売、フットケア、オーダーインソール製造販売 |
自分自身、会社勤めしているときに足にトラブル(外反母趾、タコ、ウオノメ)を抱えていましたが、その悩みを解決してくれるところが当時ありませんでした。その後、たまたま手にした本でドイツに足のトラブルを総合的にケアするという職業があることを知り、自分自身の経験からも日本にもこのような仕事が必要であると感じました。
会社設立から経営までのノウハウは全くわからなかったので、京都府主催の「起業家セミナー」へ参加して、経営についての初歩を勉強しました。また、いろいろな店を見たり経営者の話を聞いたりしました。
事業の形態が一般的ではなく、何をやっている店であるかを理解して頂くのに大変時間がかかりました。また、店を知って頂くのにも時間がかかり、当初3年間は資金的にも非常に苦労をしました。
何でもやってみることだと思います。色々な本を読んだり話を聞いたりしても、最終的にそれらを自分自身が考えて、実行しなければ「机上の空論」でしかありません。また、実行したからといって成功するとは限りませんが、たくさんの失敗を積み重ねていく上で、よりよい方法というものが見えてきます。
当時はまだ子どもも小さく何かにつけて大変でしたが、それを乗り切ることができたのは、家族(具体的には私の実母)が子どもの食事作りや世話を積極的に担当してくれたので仕事へ集中することができ、非常に助かりました。
紹介で来てくださった方。資金も無かったので、手作りでちらしを作り、ポスティングなどを行いました。また、百貨店の催事や病院での催しものなどに出展させて頂き、そのような場所で、「足と靴の相談会」などを実施し、少しでも多くの方に知っていただけるよう努力をしました。
3年は辛抱するつもりで、その間の生活費はある程度確保すること。また、それまでの経験は活かしながらも、それに頼ることなく、ゼロからのスタートであることを意識し、とにかく何でもやるという姿勢で臨むこと。
同じ起業家の仲間からの情報が大変役に立ちました。また、お互いに困ったことをざっくばらんに聞いてもらうことができるというのも精神的に大切でした。京都府の各種支援制度も大いに利用させて頂きました。
それまでの貯蓄だけで開業。約500万円。
京都のオフィス街に事務所兼店を構えました。
当初は資金的な余裕が無かったので、一切自分達で考えました。経理はFAX経理というものを使って、最低限決算だけをしていただけるというサービスを使いました。
ドイツへ足と靴の勉強へいったことで、仕事の重要性を感じることができたことと、その際のレポートを地元の新聞が記事にしてくれたことがきっかけで、その後、色々なところが取材にきてくれたこと。
経営者としてはまだまだですが、少なくとも会社勤めをしていた時代からは、人間的には成長していると思っています。売れない、食べられない、そんな経験のお陰で「ありがたい」「おかげさま」という気持ちを常に持ち続ける事ができるようになりました。
今の環境がどうであるとか、自分の能力がどうであるとか、そんなことは関係ありません。いかに大きな志をもち、それに向かってひたすら努力し続けられるかどうか。こんな当たり前のことをただ淡々とやり続けることです。
ジャズやクラシックのコンサートへ行ったり、大好きな作家の本に没頭すること。
起業したとき、阪神大震災や大切な人々の突然の死というような出来事を体験しました。それらを通じて、悔いの無い生き方をしようと考えるようになりました。その当時の自分を振り返ったとき、恥ずかしいことですが、一生懸命に生きてはいませんでした。そしてそのときにふとしたことで出会ったのが今の仕事です。人生に大きな転機が訪れたときには、決断する勇気が必要です。その時のために、いつも精一杯生きようと自分に言い聞かせています。